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どうしても守らなければならない人がいる。
『お前がいると、集中できないって言ってるんだ』
ひどいことを言ったかもしれない。助けてもらったのに、あんな形でしか伝えることができなかった。それでも俺は、そうまでして走りに集中しなきゃいけない理由がある。Dの遠征はアニキのタイムリミットであると同時に藤原とのバトルへのカウントダウンでもあるんだ。気を抜いていい時間なんて、1秒たりともない。
恭子を送り届けたそのままの足で、俺はあるところへ向かった。事前にメールを入れておいたが返事がない。それでも今、どうしても会いたいと思う相手がいた。
やっぱり、忙しいんかな。
せめて顔だけでも見れたらと思って連絡してみたが、この時間だともう寝ているのかもしれない。電話も迷惑になるし、あと少し待って音沙汰がなければ俺も帰ろう。そう思った矢先、携帯が震えてメールを知らせた。
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Title:Re;
Sub:麓に着いた。連絡が遅くなってすまない
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素っ気ない文面だった。けれどいつものことだから気にはならない。寧ろその飾り気のなさが心地良いくらいだ。パタンと携帯をしまい、慣れないFCで峠を下る。幸い知り合いらしい車は見当たらなかった。
「お嬢、すみません。こんな時間に」
「起きていたから構わない。ちょうど明日提出のレポートが終わったところだったんだ」
「それならよかった。腹、減ってませんか?よかったらファミレスで、」
「啓介」
革の手袋を外したその手はひやりと冷たかった。両頬に添えられたその手によって俺の視線はお嬢とかち合う。真っ直ぐに見られて少しばかり落ち着かない。
「何かあったな」
「…少し」
「私で聞けることか」
「…」
別にお嬢に話を聞いてもらいたくて呼んだとか、そういうわけじゃない。ただこのもやもやとしたやり切れない気持ちがお嬢に会えば少しは晴れるんじゃないかと思っただけだ。年下なのに俺よりも偉くて、可愛いと思うのに尊敬の対象でもあり、か弱くないけれど守らないとと思わせる。そんな不思議な存在であるお嬢に会えば、何か。
「泣くか、啓介。胸なら貸すぞ」
「俺は泣きませんよ」
「そうか」
「ええ」
「なら私が泣こう」
前後の繋がりがよくわからなかったけれど、俺の代わりにお嬢が泣いてくれるというのは嬉しかった。まるで俺が泣かせているみたいで。目の前でほろほろと無表情のまま涙を流す少女を、俺はやはり守りたいと思う。
「泣きたいときに泣けないのは、辛くないか」
辛くないと言えば嘘になるが、俺は別に泣きたいわけじゃなかった。振っておいて泣きたいなんていうのはあまりにも女々しいだろう。
俺はDが終わるまで、決して走り以外のことには集中しないと決めていた。なのに今こうして目の前で泣いてくれるお嬢がどうしようもなく愛おしい。考える前に抱き締めて、今この腕の中から出したくなかった。
「啓介、苦しい」
「すみません」
こんな風に、想いを伝えられないまま甘えてすみません。中途半端なままにしてすみません。それでも許してくれるお嬢をますます好きになってしまって、すみません。
言いたいことはたくさんあるのに一言も言うことができなくて、何も伝わらないまま俺は季節をまたひとつ見送ることになる。
End.