004/捏造

ナルサスとダリューンは、食事の後そのまま葡萄酒を飲みながらしばし話をしていた。事情は複雑だが、久方ぶりの友人との再会なのは確かだ。和やかな雰囲気とまでは言えないものの、二人はやや肩の力を抜いて今日までのことを話していた。

「俺が絹の国に使者団の護衛で行っている間に、おぬしが王宮から追放されているとはな…」
「どうだ。絹の国に良い女はいたか?」
「ナルサス!そう言うお前こそ、先ほどあの弟子とやらが殿下と話しているのを聞いたが、絹の国の出だと言っていたではないか。まさか年端もいかぬ少女を弟子という名目で買ってきたのではないだろうな」
「ダリューン…おぬし、想像力に乏しいところは相変わらずだな。子弟間の敬愛が理解できぬと?」
「そうだな、いささか上玉すぎる上にお前が甘やかしているのが見て取れる」
「ほお、ああいうのが好みなのか。カナタを弟子にして以来、手塩に掛けて育ててきたのだぞ。おぬしなどにはやれぬ」
「だからそういう訳ではない…!しかしナルサス、カナタの出自に関しては本当のことか?」
「…何が言いたい?」
「言葉に違和感がある。それに、おぬしに弟子入りした時期が本当なのであれば、絹の国は大いに混乱していて、諸外国に女子一人として逃れられるような状況ではなかったはずだ」
「ダリューン、おぬしには話しておいたほうが良いかもしれんな」

これから話すことは他言無用だ。と神妙な面持ちで釘を刺し、ナルサスはカナタの出自について真実を伝える。ダリューンは最初こそ怪訝そうな表情で話を聞いていたが、ナルサスの言っていることが嘘とも思えず、その話口調からも信じざるを得なかった。

「カナタの出自については、俺とエラムしか詳しいことを知らぬ。絹の国の出だとしたのは、それが違和感がないだろうと思ってのことだが、お前に見抜かれたのを見るにまだ少し工作をする必要がありそうだな」
「そんなことに頭を使うのなら、殿下のお役に立とうというつもりはないのか?」
「何度も言うが、俺は今後一切俗世と関わるつもりはない。頭を使うというなら、アンドラゴラス王に官吏やら神官やらの不正を暴き、改革案を提出した時点で十分役目は果たしたと思うのだがな」
「その結果、この暮らしに落ち着いたというのか」
「そうだな。不正の証拠をそろえて王に処罰を要求したら神官たちに暗殺されそうになった。面倒なので一筆書いてこちらから王宮を出てやった」

ナルサスのしていることは正しいことではあるが、話を聞く限り王の激怒が手に取るように分かり、ダリューンは頭を抱えるばかりだった。

「アンドラゴラス王は戦には強いが政治を軽んじすぎる。アトロパテネもそうだ。己の強さを過信し、戦法を軽んじた結果がこれだ」
「うむ……」

ダリューンがアトロパテネでの出来事に巡らせても仕方のない思惑を巡らせていると、控えめに部屋のドアを叩く音が聞こえる。ナルサスがどうしたかと問えば、扉の向こうからはカナタの声で「ダリューン卿と話がしたい」と申し出があった。

「良いだろう、入りなさい」
「ありがとうございます。夜分遅くに失礼いたします」
「カナタこそ、こんな遅くに起きていて良いのか?」
「客人が来るのも、久方ぶりですから。よろしければ、お話を聞かせてください」
「俺で答えられることなら、なんでも聞いてくれ」
「ダリューン、おぬしこそカナタに甘いような気がするな」
「おい、殺気を飛ばすな」
「ではダリューン卿。貴方様から見て、アルスラーン殿下はという人物はどんなお人でしょうか」

予想外の質問に、ダリューンは目を見開いた。唐突に目の前の少女から発せられたとは思えないほど、強い意志を感じる問いかけであったからだ。ナルサスも、カナタの普段見せる表情とは異なるその真っ直ぐな瞳に、単純な興味とは違う意味を感じずにはいられなかった。

「そうだな…アトロパテネで置いてきた兵を気にかけ、落ち込んでおられた。カーラーンの裏切りにも、怒りより悲しみが勝ったようだ。繊細で、優しいお方だ。…そこが心配だ」

そう語るダリューンの表情は険しかった。殿下の気立てには何も恥じるところはあるまい、しかしこの状況でそのような優しさを持ち合わせていようと、戦況の足しにならないことは確かだ。

「伯父ヴァフリーズもそんな殿下を心配してか、俺に「殿下個人に忠誠を尽くせ」と…」
「ヴァフリーズ殿がか」
「先生、ヴァフリーズ殿とは大将軍の?」
「ああ、そうだ。老は殿下に剣の指南をしていると聞いたが、それ以上の何かがあるということか?」
「うむ…あの言い方は引っかかる。タハミーネ王妃にあれほど甘い王がアルスラーン殿下には妙に冷たくてな。王妃もご自分の息子なのに殿下を遠ざけているかのようだ。納得がいかぬよ」
「ダリューンさま、それは…」

そこまでの話を聞いて何かを感じたカナタが口を開こうとした瞬間、ナルサスはその先を悟りカナタの言葉を制止した。

「カナタ、憶測で物事を口にするのなら、相応の理由があるときだと教えたはずだが?」

いつになく厳しい口調のナルサスに、カナタは今ここで軽率に口にしていいことではないと悟り、口を噤んだ。

「出過ぎた真似を。失礼しました」
「ナルサスの弟子というのは口を開くにも難儀だな。なぁ、カナタ。俺はおぬしの故郷、絹の国にも行っていたことがあるのだ…よければ昔話でも聞いてくれぬか?」
「はい!ぜひとも聞かせてくださいませ」

自分の出自について問われることがこれまで多かったわけではない。ダリューンから話を聞いて、更にこの世界に自分が存在していることへの違和感となくせるのでは、と期待し、カナタはダリューンとの話に花を咲かせるのであった。