021/論破

「正統ならざる王をあおぐような民に、何故俺が許されねばならんのだ。簒奪者を国王とたてまつった罪を、正統な王である俺が正すのは当然のことではないか!」
「なるほど、あなたを国王と認めぬ限り、パルスの民には生きる権利もないと、そう言いたいのですな」

ヒルメスの怒りはもはや頂点に達しているようだった。双方向から飛ばされる、ヒルメスにとって揺らぎのないと信じてやまぬ正統性を批判するようなその二つの声に、冷静な判断ができなくなっているようにも見える。しかしもはやヒルメスへその言葉を浴びせているナルサスもカナタも、そこに策というものの存在を忘れてしまいそうになるほど、傲慢なヒルメスの言動にふつふつと沸き上がる気持ちを隠しきれない様子でもあった。

「いまひとつ、私の気に入らぬこと。アルスラーン殿下は、私に部下になるようにお頼みになった。ところが、あなたは頭ごなしに命令なさる。私のようなひねくれ者には、はなはだ面白くござらぬ」
「殿下はパルスの民が自分のせいで焼かれると知れば、率先して自ら民を助けに行かれ、敵対したカーラーンとその部下が命を落とせば、彼らに弔いの詞を捧げられた。その器量のどこに、王たる者の正統性に欠くところがありましょう」

もはや剣を抜くことも忘れ、ヒルメスはすっかりと二人の策にはめられていた。自分の正当性を主張せずにはいられない心理状態に陥っていたのだ。

「俺はオスロエス五世の子だ。パルスの正統の王であり、貴様らの上に立つ人間だ。命令して何が悪い!」
「カナタもナルサスも、お前の部下になるほど馬鹿じゃないさ!」

それまで黙っていたアルフリードが口を開いたことで、二人はやや身体をよろめかせたが、それは斬り込ませるほどの隙にはならなかった。

「それよりもナルサス、あんた、貴族さまだったの!やっぱりカナタと駆け落ちでもしてるのかい?」
「ほう、そういうことであったか。王都でその異界の小娘を人質にでもしておけば、お前の知略も今頃は我が物であったというわけか」

冷笑を浮かべてそう言い放つヒルメスに、ナルサスは表情一つ変えずにいた。明らかに自分の歯車を狂わせようとするその言葉に、その場でわざわざ反応してやる義理はない。

「おれの母は自由民だった。アルフリード、おぬしと同じだ。驚くことはない。王族や貴族だからといって、角や尻尾が生えているわけではない……もっとも、その御仁については知らぬ。あの仮面をつけているのは、ひとつ目かみつ目を隠すためかもしれぬな」
「王者たる身には、これを行うべき正しい理由があるのだ。貴様などにはわかるまいが」
「ご卑怯でしょう」
「何?」
「仮面で顔を隠してルシタニア人の手先となり、仮面をはずして解放者を装い、パルスの国王を名乗る。王者の知恵と言えぬ、ただの狡知としか思えませぬ。恥じるところはござらぬか」

本心をつかれて、仮面の下の顔が曇った。この仮面のことに触れる者はことごとく斬り捨てて来たが、己が顔を隠し続けてきた理由を一言で言い当てられ、ヒルメスは動揺を隠せない。ナルサスもカナタもその気配を見逃すはずがなかった。

「貴様、正統の国王をそしるか」
「正統だ正統だと仰るが、これまでパルスを統治してきた王の歴史を省みれば、正統の血というカイ・ホスロー王の以前にパルスを治めていたのは蛇王ザッハークにござります。さらにその前は、聖賢王ジャムシード。カイ・ホスローはそのどの血も受け継いではおりません」
「だまれ!」
「たとえパルスの王家の血をひかぬ者であっても、善政を行って民の支持を受ければ、立派な国王だ。それ以外に何の資格が必要だと仰るのか」

もはやヒルメスの言葉は、錆びて刃のこぼれた剣のように思われた。沈黙が辺りを支配する。話せど話せど、たがいの距離が近づくことなどない、ナルサスは時期を判断した。ここまで時間を稼げるとは正直なところ思っていなかったので、策に関しては成功したといってよいだろう。

「随分と長く戯言を聞いてやったが、おかげでよく分かった。貴様もその弟子の小娘も、パルスの伝統と王威を破壊しようとたくらむ、不逞の輩。知略を惜しんで俺の臣下に、と思ったことがいかに気の迷いだったか」

銀仮面の下で光る二つの眼光に、殺気と呼ぶにも恐ろしいほどに憎悪と憤怒の込められたものが灯っている。ヒルメスの長剣がその禍々しい揺らめきを受けたかのように光芒を放った。

「おぬしら、手を出すな。こやつの首と舌とは、俺の手で斬り取ってくれる」
「ご存分に。殿下」

後ろに控えていたザンデがその巨体をゆすって答えた。もちろん、三人にはその姿を見ても名を知ることはないが。

「不肖ながら、殿下のお相手をつかまつる」

ナルサスもその長剣の鞘をはらう。

「ところで、そこのでかぶつ」

そうザンデに投げかけた言葉は乱暴であった。かっとなって何かを言い返そうとするその口が開くより早く、ナルサスが続けて言葉を投げる。

「殿下のご命令に、ひとつ付け加える。貴様もパルス騎士であるからには、女には手を出すな。ルシタニアの蛮人どもと手を組んだふりをするうちに、まさか国王の名誉を傷つけるような騎士になりさがってはおらぬだろう」
「言うとおりにしてやれ。最後の望みだ」

嘲笑うようにそう命じると、ヒルメスは彼の馬と一体となってナルサスへ一直線に突進してきた。ナルサスはここに来る前から、この男とでなくても、敵対するものとまともにやり合おうなどと考えていない。持っていた長剣の刃を構え、よく磨き上げられたその腹を鏡面のようにして、降り注ぐ陽光を反射させた。目がくらんだヒルメスに何が起きたかを考えさせる暇も与えず、彼の長剣を空中に弾きあげると、そのまま剣を振り下ろして馬の手綱を両断した。
ヒルメスは馬上から転落し、砂地にその体を放り出される。跳ね起きると同時に太刀筋を浴びせようとするその姿はやはり並の戦士とは一線を画していたが、脳天に焼き付いた強烈な光がその矛先を定めさせなかった。

「ナルサス!貴様、尋常にたちあうのではなかったのか!」
「正統の国王に向ける剣はござらぬよ」

最後までヒルメスの神経を逆撫でるような言葉を残し、カナタとアルフリードはその後を追って疾走した。混乱と怒号といつまでも晴れぬ砂埃だけがその後に残されていった。