001/呼応

いつの頃からか、ふとした瞬間どこか別の世界を感じることが増えていた。始めは小さな夢の中で。そのうちに、眠りについた途端に誘われて。異世界は徐々に自分にとって近いものに感じられるようになっていった。異世界の中で時々、ある1人の男性に出会う。そして必ず、その男性が自分の名を名乗ろうとしたところで意識が呼び戻されてしまう。蜂蜜のように流れる長い髪の、涼しげな紫苑色の瞳をした彼の名前は何というのだろう。
いつも通りの朝を迎えた私は、その日夢の中で見た異世界の光景に、知らないうちに涙をこぼしていたことに気付いた。涙を指で拭おうとした瞬間、ありえない方向からの強大な引力を感じ、私は声を出す間もなく、部屋の中に突如できたその空間に引き込まれてしまった。空間に引き込まれる中で、少女は再び、あのハニーブロンドの男性に手招きされるのを見たような気がした。
あの日から、私の本当の日々が始まったのかもしれない。深い眠りへ無理やり突き落とされたかのように、そのまま意識を失った。

「…さま、目を覚ましました!」

次に目を覚ましたのは、見慣れた自分の部屋ではなかった。どこか質素な建物の中。意識が朦朧とする中で聞こえたのはまだ甲高い少年の声。私がその姿を確認しようと視線を動かす前に、その声の主はどこかへと走り去ってしまったようだった。
しかし少年はまもなく部屋に戻って来、私の意識があることを確認すると、体の痛いところはないか、ここがどこか分かるかなど質問を始めた。

「名前は分かりますか」
「カナタ…」
「年は?どこから来たのですか?」
「東京の…ええと、」
「トウキョウ…?貴女は、どこかに行く途中だったのでしょうか」
「ううん、どこにも…目が覚めたら、ここに来たの」

少年はカナタの言っていることを途中繰り返しながら、彼女の発言の意を汲もうとした。しかし少年の努力が虚しく見えるほど会話は噛み合わず、カナタは意識が覚醒しきらないながら、少年へ何か正しいことを伝えねばという義務感に駆られた。眼の前にいる彼が申し訳なさそうに視線を逸らす様子に釣られたのかもしれない。

「蜂蜜のような金色の髪をした、男の人に手招きされて来たの」
「男の人?もう少し、詳しく分かりますか?」

夢うつつの状態で口にしたその言葉に、少年は慌てて質問を重ねた。

「紫の瞳をした、涼しげな瞳の男の人よ。私は、名前を知らないんだけど…その人に呼ばれてここに来たんだと思う」

そう、きっと彼に導かれて自分はここに来た。理由は分からないが、そのことだけはハッキリと分かる。
少女がそう答えたことを走り書きにすると、少年は勢いよく部屋を出ていった。そうしてしばらく経った後、改めて部屋の扉が開けられる。そこに立っていたのは、紛れもなく、夢で何度も出逢った彼の姿だった。

「あなたが、私を呼んだ?」
「さて、どういう因果で俺の元に辿り着いたのだろうな」

眉尻を下げたままそう呟いた青年のハニーブロンドが風に揺られて微かに煌めいた。前髪の隙間から覗いた瞳の涼し気なアメシスト色にはっきりと捉えられた瞬間、カナタの口から「綺麗」という一言が紡がれた。