恋しゃんせ。(恋人たちのメリークリスマス)


クリスマスという日は、よくも悪くもドラマティックだ。

ラジオから流れるJ-POPにはもう飽き飽き。どの局もどの曲もクリスマスクリスマスと歌っていて面白みがない。ブチ、と電源を落とし、部屋から音を無くす。それでも少し耳を澄ませば聞こえてくる、ジングルベル。街はこの日のためにドレスアップして煌びやかなイルミネーションをまとっている。雨は夜更けすぎに雪へと変わる?そんなのどうだっていい。私には全然、関係ない話なんだから。

拓海のやつ、なつきちゃんと仲直りしたんだろうな。きっと一緒にクリスマスを祝ってるに違いないその姿を想像して、悔しくて涙が出た。どうして拓海の隣にいるのは私じゃないんだろう。順調に、茂木なつきという少女から拓海を奪えると思っていたのに。
イブの夜はいつになく長く感じられた。気を紛らわすため私は作業着を羽織って自分の部屋から車庫に移動する。車をいじっていると手足が冷えるのでストーブに火を入れて、愛車のメンテナンスに取り掛かった。

1つ、溜息を吐いた。一通りいじり倒した愛車はやけに綺麗で、なんでメンテナンスなんてしちゃったんだろと今更虚しさが込み上げてくる。
その時ふと、外から聞きなれたエンジン音がするのに気が付いた。遠くから微かに聞こえるそれに思わず背筋が伸びる。期待が膨らむ。足もとが覚束ないくらい浮かれる。クリスマス・イブなのだ。少しくらい心躍らせたって誰も文句は言わないだろう。
どんどん近付いてくるその音は、どんなクリスマスソングよりも私をわくわくさせた。

「やっぱり、拓海のハチロクだ」

雪道が走りにくいとかそんな理由でうちに来るかなとは予想してたけど、まさか今日なんて。イブなのに1人で車いじってたなんてお前本当男っ気ねーよな、なんて言われるんだろうな。そこで私が男っ気ないのは全部拓海のせいだよって言えれば、な。鈍感な拓海はきっとその真意に気付きやしないだろうけど、それでも言うことに意義がある。それにしても、こんなにそわそわしたのはいつぶりだろう。心臓がうるさいのが自分でも分かる。落ち着けと思えば思うほど高鳴ってしまうのだ。イブの日に会いに来てくれるってことは(例え理由が車だとしても)少しは期待してもいいんじゃないだろうか。でもあの拓海だしな、とか考えている時点で既にもう期待は始まってるんだけど。

「え、拓海」

こちらに向かってきているのに一向にスピードを落とさないハチロク。そのままじゃ通り過ぎちゃうよ拓海。あんたまさか雪で感覚麻痺してるの?ってそんな訳ない。拓海は雨だろうが雪だろうが自分の思い通りに車を走らせることができるのだ。

ひゅ、と。目の前をハチロクが通り過ぎた。通り過ぎた。

まるで映画のワンシーンみたいに、スロー・モーションがかかっているようだった。
けれどやっぱりそれは一瞬の出来事で、もう目の前に残っているのは車輪の跡だけ。

「馬鹿、みたい。私って」

あれが法定速度なのだと頭では分かっていても、普段の拓海の走りを知っている私はどうしても「見せつけられた」ようにしか思えなかった。助手席にいた、茂木なつきを。
決して甘い雰囲気とは言えなかったけど、嫌いな相手を助手席に乗せたりないってことはよく知ってる。こんなにもどうしようもない恋に出会うのはもうこりごりなのに、それでもどうして拓海を好きな気持ちに一点の曇りもないのか自分で自分が不思議でたまらなかった。



大人の方が恋は切ない。始めからかなわないことの方が多い。



叶わない、敵わない。クリスマスの魔法は私にはかからない。





End.