My Fair Lady!(Count on you.)

着信:高橋涼介、の文字を表示する液晶ディスプレイ。ぼんやりとした意識の中なんとか携帯電話に手を伸ばし通話ボタンを押してみる。机の脇に置いてある時計の短針が4を差していた。

「もしもし、涼介だけど」
「あぁ…おはよ。どしたの」
「ちょっと頼みたいことがあるんだ」

涼介があたしに頼みごとなんて珍しいナーと思いながら、目覚めの一服をしようと煙草に手を伸ばす。ポケットからジッポを取り出し、

。タバコなら何か食べてからに、」
「あー残念もう火ィ点けちゃった。で、頼みたいことって?」
「…」

どうやらジッポの蓋を押し上げた音で気付いたみたいだけど、時既に遅し。ちなみに文字にはならないけれど今電話の向こうで涼介は深い溜め息を吐いている。若いのにそんな肺の空気絞り出すような溜め息してたら幸せがどん引きするわよ、なんて冗談混じりに言うと更にもう1度溜め息を吐いていた。

「啓介のFDの仕様、分かるか?」
「見た感じ、電気式ブーストスポーツコンピュータ設定ブースト1.0Kg/cm2の出力340ってとこかなァ」
「十分だ。あれと全く同じ、とは言わないが、似たようなFDを一台。至急手配してほしいんだ」
「事故ったの?啓ちゃん」
「ああ。だがバトルは今夜だ。修理が間に合わない」
「なるほどなるほど」

県外遠征なんてしてりゃそのうちこういうことは起こりうると思ってはいたけど、どうせ涼介のことだからまた啓ちゃんにきっついこと言ったんだろうなァ。で、何食わぬ顔で代わりのFD用意しておいてまた兄弟愛劇場繰り広げようって魂胆なんでしょ、きっと。

「いーわよ、それくらいなら用意できる。どこまで届けさせればいい?」
「埼玉の…」

遠征先の場所を聞きながら、そんなところまでまァご苦労なこって、と他人事のように思う。もちろんプロジェクトDは涼介のチームであってあたしにとっては十分他人事なのだが、それにしてもあたしは何時何処でバトルが行われてるかということすら知らないのだ。仮にも恋人のことなのだからもう少し知っておいてもいいかな、なんて。

、聞こえてるか?」
「アーごめん。何?」
「ありがとうって言ったんだ」
「どういたしまして。未来の弟のためならお安い御用よ」
「啓介が聞いたら怒りだしそうな台詞だ」
「あたしが用意した車だなんて言ったら乗らないかもねェ」
「可能性としてないとは言い切れないな。それより、、」
「へ?」
「愛してる」
「は、はァ…どしたのいきなり」

あんまりさらっと言うもんだから照れたじゃない。

「何というか。最近、会ってないだろ」
「前に会ったのが確か4週間前、って、1ヵ月か。最近ムスコさん元気ィ?」
「…
「ははっ、ジョークよジョーク。涼介ってば頭固いんだから」

相変わらずからかうと面白いなァと電話の向こうにいる恋人に思いを馳せながら紫煙を吐き出した。ゆらりとたゆたう煙を見ていて、確かに今ちょっと、会いたいかも、と思った。段々と細くなり薄れていく無数の曲線がどうしてそんな思いを起こさせるのかは分からない。

「ねェ涼介。その遠征終わったら、直帰でうち来てくんない」
「別に構わないが」
「お礼くらいしてくれるんでしょ?」
「ああ、いいぜ。何か欲しいものでも考えておいてくれ」
「もう考えた」

“涼介の身体、一晩あたしに売って。”

電話の向こうで驚いてるのか赤面してるのか戸惑ってるのかその判断は難しいけど、とにかくあたしの発言に動揺してることは確かだった。してやったり、と思わず口角が上がる。いくつものことを並行して攻略できてしまうウルトラミラクルハイスペックな脳みそをお持ちの高橋涼介を、たった一言でフリーズさせられる。こんなおいしい役回りをどうしてやめられようか。しかもそれがあたしにだけ許されているのだとしたら、尚更に。

「…分かった。とりあえず最中に寝ないようには気を付ける」
「いい心がけね。じゃ、あたし仕事に戻るから」

その後涼介が火照った顔を皆に見られてちょっとした騒ぎになったなんてことは露知らず、あたしは来るべき夜のためにFDの手配を開始するのだった。



End.