Rightwomb-ache

じくじくと、痛みは不幸と幸福を併せ持つ。

「…?」
「あ、ごめん。起こした」
「あぁ…いや。どうかしたのか?」
「ちょっと」

子宮が痛む、と簡素に言われた。ああ、もうそんな日か。とカレンダーに目を遣れば、少し遅れてはいるものの確かに予定通りの日程だった。

「明日仕事行けるかなァ、やんなっちゃう」
「この間処方してもらった薬は?」
「まだある。けど、それは朝飲むわ」

の手に握られているピルケースには市販の鎮痛剤が入っている。彼女は所謂生理痛が酷く、吐き気がする眩暈がするお腹が痛いとその症状のどれもが重たい。付き合い始めて間もない頃はそれを知らず、あまりに体調が悪そうにしているので医者に駆け込んだほどだった。すると医者はあっけらかんと「君は恋人なら彼女の体のサイクルくらい知っておいてもいいんじゃないかい?」なんて言い放った。それ以来、悔しさもあってか俺はの生理日を事細かに記憶しているのだった。気持ち悪いとでも神経質とでもなんとでも言うがいい。俺は恋人のことをろくに知らないと思われたことにひどく自尊心を傷付けられたのだ。

「ウー…」
「右か?」
「右だね」

子宮は交互に痛むのだと彼女は言う。先月は左で、今月は右。来月はまた左。痛んでいる方に卵子があって、それが体にとって不要なものと判断され外部に排出される。
婦人科の講義なんて俺にとってはつまらないものだったけれど、と出会った後俺にとってはそれさえもが興味の対象となった。どうすれば月経痛が和らぐかなんて質問を教授にして驚かれた程だ。

「なんかこうしてお腹触られてると、できたみたいだねェ」
「たまに欲しいと思うけどな」
「涼介がお父さんかー。まだ若いんだから別にいいじゃない、所帯持ちにならなくてもさ」
「俺はいいけど、が」
「シャラップ!生意気言うのはこの口か?あァ?!」

この野郎、と言って左右の頬を抓られた。自分で言うのも変なものだが、俺にこんなことをできる人間は恐らくこの世の中に彼女だけだろうと思う。俺はそういう、人に茶化されたりからかわれたり冗談で軽くどつかれたりという経験が殆どない。物心ついたときには人から一線を引かれ、特別な存在として生きていた。否、線を引いたのは俺自身かもしれないが。

「あ。痛いの、ちょっとましになったかも」
「ほうは、はらはひゃへ」
「ぶっ!そのまま喋んないでよ」

自分が抓っておいて都合のいい話だと思うのだけれど、どうしてか俺はそういう彼女に逆らえなかった。惚れた弱みというのはこういうことを言うのだろうか。だとしたら、彼女も俺に逆らえないと思っているところがあるんだろうか。

「あーあ、せっかくの男前が台無し」
「誰のせいだ」
「ひひゃい、ひょうひゅへ」

こうしてお互いに頬を引っ張りあえる仲というのはいい。こんなくだらないことでさえ俺にとっては今までなかった経験で、といると毎日そんなことばかりできる。もっとも忙しいのはお互い様だから会える時間は少ないのだけど。

「涼介に似たら綺麗な子が生まれるんだろうなァ」
「そうか?俺に似ても可愛くないと思うぜ」
「可愛い可愛くないは別よ。それって生まれてから決まるものだし」
「あんまり、俺みたいには育って欲しくない」

完璧であるように見えて、実はそう見せるために必死になっているなんて。自分の子供にそんな苦労も偽りも経験してほしくなかった。できればのびのびと、自由奔放に育ってほしい。

「大丈夫じゃない?生まれてくる子は涼介とは違う人間だから」
「確かに。母親が母親だしな」
「ウワーなにその言われ様」
「一応、褒めてるつもりなんだが」

それのどこが褒めてんのよとまたもや右頬を抓られる。こんなに自然に俺に触れられるのは、後にも先にもやはりだけだしだけでいい。
周囲から見て俺達は「付き合ってる」という感じじゃないらしいが、俺にとってこれが付き合っていないならどれが付き合っているのか全く想像がつかない。心底彼女に惚れて、惚れて、心酔している。余裕ぶっているけど会えない日々は辛いし多少のわがままだって言う。そこで甘やかしてくれるかと思いきや彼女は俺より仕事の方が何倍も大事なので決して甘やかしたりしてくれない。そうするとまた俺の中で独占欲が疼くのだ。

「子供できたら、結婚するの?あたしと」
「それもいいかもな」
「まァ、いいかもね」

そうやって曖昧に返事をするが、これ以上ないくらいに愛おしい。どんな甘い言葉より、どんな愛の囁きより、一層確実に俺の心を占拠してぐちゃぐちゃ遠慮なく掻き乱していく。
彼女の子宮を痛められるのが俺で、本当によかった。別に男に生まれたから女に生まれたからといってさして自分の生きてきた道が変わったと思えないけれど、ここだけは本当に、もし神様というやつが存在するならそいつに感謝したい。



神様、彼女にこの痛みをくれてありがとう。





End.