Perfumed with you.

もピアノとか習ってたのか?」
「小さい頃はね」

セックスの後の一服はどうしてこう美味しいのか、こればっかりは永遠の謎にしておきたい気分だ。流石に疲れて隣で大人しくしてる涼介に小言を言われる心配もないし。まァ一般論からして男の方が疲れるのだから当然の状態だ。
だがしかし疲れ果てているはずの涼介にふい、と顎を掴まれ、手に持っていた煙草を取り上げられた。寂しくなった口許には唇が宛がわれる。特別濃厚でもないそれを終えると今度はあたしから取り上げた煙草をおもむろに口に咥え、肺の深いところまで吸いこんでいた。

「っは。やっぱりむせるな。げほっ」
「おいしかった?」
の味がした」

今やあたしの匂いも味もすっかりこの煙草と同じになってしまったのか。ちなみに時々煙草ではなく珈琲味のときもあるのだけど、どちらかというと珈琲の方が小言を言われる確率が高かったりする。何も食べずにブラックで飲むなと散々言われているのだけれど、そう言われると飲みたくなるのが人間というものだ。まァ、涼介に小言を言わせたいだけなんだけど。なんだかんだそうやって心配してくれたりお節介をしてくれる相手がいるというのは嬉しいものである。
それでも涼介は、あたしの嫌がることは決してしなかった。煙草は「身体に悪い」と言いつつもやめろなんて言わないし、珈琲のがぶ飲みも咎めはするけど禁止だとか取り上げだとかそういう具体的な手段に出たりしない。そういうところで甘やかされているのも悪い気はしなかった。

「匂いは気にならないの?」
「別にいい」
「煙草臭い女でも?」
「俺は別に、煙草臭いと思ったことはないぜ」
「嘘」

これだけ欠かさず吸ってるんだから匂いがしないはずないじゃない。今だって左手を鼻に近付ければ特有の香りがするし。髪の毛だって身体だって、服だって持ち物だって。それこそ車だって部屋だって、あたしの生活の中にあるものからこの匂いがしないはずはない。

「いつからなんだ?」
「煙草は高校に上がるまで習ってたの。珈琲は遅めに登校すると保健室で出してくれたし」
「なるほどな」
「匂い、染み付いてるでしょ」
「いや。煙草でも珈琲でもない匂いがする」

芯があるとは言い難いあたしの髪の毛を1束指で掬ってそれに口付けられる。撫でて、と言わんばかりに涼介の掌に頭を押し付ければ、少し笑みを漏らしながらゆっくりと髪を梳かれた。あたしの匂いとは一体どういうものなんだろうか。そういえば最近実習に行くようになったという涼介からは時々病院特有の、消毒液を思い起こさせる匂いがすることがよくあった。それまでは整髪料と、使っているのかは分からないけどさっぱりとしたオードトワレのような香り、それに混じってオイルやガソリンの匂いがすることが多かった気がする。

「どんな匂いがすんの、あたし」
「トリートメントと香水と、の匂い」
「…体臭?」

くんくんと自分の腕の匂いを嗅いでみるのだけど、自分の匂いなんていうのは他人しか分からないものだ。しかし涼介が言う「あたしの匂い」というのは体臭とはまた違った意味合いだったようで(おそらく、もう少し洒落た意味合いだった)呆れ気味に、それでも心底おかしそうに笑っていた。

「アー、そろそろ寝るかなァ。やることやったし」
「そうだな、明日は大事な会議なんだろ?」
「ん。おやすみ涼介」
「おやすみ。

うとうとと眠りに入りそうになりながらも鼻を掠める居心地のいい香りに気が付いて、ああこれが涼介の匂いか、なんて納得してしまった。うちのボディソープと、微かに煙草と珈琲の匂いが混じっていた。



End.