Hello, world.

寝起きのうまく働かない頭をなんとか持ち上げながら、ふい、と隣を確認する。
すうすうと穏やかな寝息を立てて眠っている隣人。毛布がずれていて少し寒そうだったので、かけ直してやった後に部屋の暖房を入れた。

ハロー、ワールドは始まったばかりだ。



起きたときにすぐ動けるようにと早起きして部屋を暖める。その行為が、啓介といると普通だ。隣で眠るこの男に、なんでもしてやりたいと思ってしまう。

「…う」
「あ」
「お嬢…」
「すまない、起こしたか」

まだ寝てていいよ。ぼんやり焦点の合わない瞳で必死に私の顔を捉えようとする啓介の髪の毛を梳いて、そう呟く。些か不満そうに眉を顰めたが睡魔の誘惑に勝てなかったのか再びその瞳は瞼に覆われた。ごろんと寝返りを打ってこちらに向いてじゃれてくる腕。がしりと固定するでもなくしかし緩く拘束するわけでもなくとりあえず私の身体の存在を確認しようとするその意識が好きだ。

次に一足先に冷え切ったキッチンを暖めるため、心地良い温度になった寝室を出ることに決める。揃いのスリッパがベッドの横に並んでいるのが目に入る。そのスリッパを片方ずつわざと色違いで履いていく。わざとこういうことをして会話のきっかけを作るなんて酷く子供じみていて可笑しかった。

キッチンに肌寒さがなくなった頃、啓介が起きてくる。その両足が色違いのスリッパを履いているのをこっそり確認し、おはよう、と声をかけた。

「…
「ん?」
「いや、なんでもない。おはよう」
「寝ぼけてるのか?コーヒーできてるぞ」
「おう」

食器棚から専用のマグカップを出され、そこにコポコポとコーヒーが注がれる。ついでにと注がれた私の分もそのままテーブルに持っていかれ、いつの間にか決まったお互いの席にそれぞれ置かれる。

「今日は遅くなるのか」
「いや、いつも通り。そういえば藤原がによろしくって」
「藤原さんが?」
「こないだ土産渡したんだ、旅行の。そんときに言ってた」
「そうか…」
「嬉しそうだな」

一緒に旅行に行った土産を渡して、そして啓介づてによろしくと言われるなんて。なんだか認められている気がして、正直すごい照れる。何気ないことばかりが特別な毎日はいつまで続くのだろう。ハローハロ-。色々なものが芽吹いては彩り豊かな花をつけていく。

「また電話しておこう。啓介をよろしくお願いしますって」
「別に俺が藤原に世話かけることなんかねーっての」
「ふふ、拗ねるな」

幸せはいつまでも続くものではない。だからこそ今という瞬間が心底愛おしいのだと、目の前にいる人が無言で教えてくれた。他愛ない会話も毎朝の習慣も全てがこの世界を形成する重要なパーツ。いつしかこの世界が壊れるとしても、それまで一生懸命に愛そうと決めた。





ハロー、ワールドは始まったばかりだ。








End.