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「啓介は、24日は何をしてるんだ?」

思わず、素っ頓狂な声が出た。



12月だ。最近どこもかしこもイルミネーションだらけで、最初は綺麗だと思っていた俺もそろそろ嫌気がさしてきた、そんな時だった。いつものように唐突に電話をかけてきたお嬢の口から、24日、という単語が出てきた途端、心臓が破裂するんじゃないかというくらいに驚いた。

12月の24日。それはつまり、クリスマスイブの日。今年は遠征に行く予定こそないものの、その日は久々に赤城の走り込みをしようかとそんな計画を立てていた。どこへ行ってもクリスマス一色だが、峠にはそんなもの関係ない。そういう理由でごく自然に絞り込まれた結果でもある。

「特に予定はないのか」
「まあ…遠征の予定もないし」
「そうか」

電話越しのお嬢の声が若干安心したように聞こえたのは俺の自意識が過剰とか、そういうんじゃない。はっきりとそれが分かるからこそ、俺の胸は異常に高鳴った。携帯電話を持つ手にうまく力が入らない。

走り込みをする予定でいるというと、相変わらずだなと苦笑される。そうだろうか。俺は相変わらずなんかじゃない。こんなにも必死に、相手の声を聞き漏らさんとしている自分は今まで生きてきて初めてだ。微かに伝わるひとつひとつの吐息でさえも逃したくない気分なんだ。

「お嬢は、何か予定があるんですか?」
「私も特に何もないな。父が毎年恒例でケーキを買ってくるくらいだ」
「そうですか」

ああ、俺の声もきっとすごく安心してしまっているんだろう。クリスマスイブに特に用事がないと聞いて、どうしてこれほどまでに安心してしまうのか。その答えは俺もお嬢もよく分かっている。分かっているからこそ、お互いに踏み込まないでいる。

Dが終わるまでは、恋はしない。理由がただそれだけと言ってしまえば容易いが、今の俺にとってはDが全てだ。それに集中できなくなるような要素は全部、生活から排除してきたつもりだった。ただただ走りだけに集中したかった。

お嬢との関係は、友達でもなく恋人でもなく、かといって昔のように組のしきたりに囚われた関係でもない。人に説明するのはすごく難しいが自分で理解するのは至極簡単だった。いつの間にか俺の中にすとんと落ちてきて居着いてしまった存在が、お嬢だったのだ。
もちろんそれがどういう感情なのかもよく理解していて、そして相手も同じ感情でいるというのを全身で感じ取って確信している。それが今の、2人の状態。

もどかしい。いっそこの想いをどうにかぶつけて、身体が軋むくらいまで強く抱き締められたらと、何度思ったことだろう。

「啓介」
「え?あ、えっと」
「遅くにすまなかったな。私はそろそろ寝る」

けれど肝心なところに踏み込んでこないのは、彼女なりの気遣いだ。だからそれを俺が無駄にするわけにはいかない。俺達はこの可笑しな関係をいつまで続けているつもりなんだろう。心地良いとも気持ち悪いとも何とも形容しがたい、理解し合っているようで全く何も分かっちゃいない。

「ああ…全然構わないっすよ。ゆっくり休んでください」
「お前もな。じゃあ、また」

おやすみなさいと告げると小さくお休みというお嬢の声が聞こえ、通話は途切れた。ディスプレイに表示された通話時間は、思っていたよりも短かった。



End.