Downloading...14%

久々に会ったそいつは、「ガキ」から「女」になっていた。

「あ、スミマセン」
「いや」

深夜のファミレス。赤城でケンタの走りを見てやった帰り際に寄ったいつものファミレスだ。ドリンクバーで飲み物を入れようと思ったらちょうど同じタイミングでグラスを出すやつがいた。先にどうぞと言うと小さくアリガトウと呟いてそいつはグラスをセットしボタンを押した。
そいつの顔をよくよく見てみるとかなりの美人だってことが分かる。ここのファミレスで見るのは初めてだから、地元の奴じゃないのかも。とにかくその辺でうるさくしてる女とは一線を画していた。顔立ちもそうだけど、そいつの持ってるオーラみたいなもんが普通の人間とは違う気がしたんだ。間違いなく、いい女だ。

「どうも」

会釈をして、その女は立ち去る…と思ったら、立ち止まって俺の顔をまじまじと見つめてきた。こうして真正面から見てもその端整な顔立ちは劣るどころか引き立つばかりで、あまりの綺麗さに思わず作りものなんじゃないかと思ってしまうくらいだ。

「…あの、もしかして貴方、高橋啓介?」
「え?なんで名前…」
「やっぱり。私だ。だよ」
「あんた…もしかして、お嬢か?!」

まさかこんなところで会うとは思わなかった、と告げると、今日この辺りで一悶着あったから後始末に来たんだ、と簡素な答えが返って来た。一悶着っていうのはもちろん組同士のいざこざで、その後始末っつったら…

「この辺りのサツは対応が遅くて助かる」
「嬉しそうに言わないでくださいよ」

は、俺がやんちゃしてた頃にいた組の頭の1人娘だ。要するに次期組長夫人になるべくして育てられている存在で、いくつか年下にも関わらず俺は敬語を使わなければならなかった。

「それにしてもお嬢、随分大人っぽくなりましたね」
「私はもう大人だ。啓介こそマトモになったじゃないか」
「そりゃ、今は鉄パイプ1本で殴り込みしなくなりましたから」
「ふふ、それもそうだな」

ああ、確かに大人になったな、と変に感心した。顔立ちやスタイルにしてもそうだけど、その話し方や笑い方には既に頭の風格が漂っている。まさかあのガキんちょがこんないい女になるなんてなーと少しばかりお嬢の顔を観察してしまった。

「私の顔に何かついてるか?」
「あーいや、何も!ところでお嬢は今いくつに?」
「今年で18になった。来年からは大学生だ」
「大学?」
「郡大の医学部にな」
「っ?!」

ごふごふと咽返る俺に真っ白なハンカチが差し出される。汚してしまうのも悪いと思ったが机の上に盛大にまき散らしてしまったコーヒーをそのままにしておくわけにもいかず、俺は白いハンカチに茶色の液体が吸い込まれていくのを気にしながらテーブルを拭いた。ていうか、群大の医学部って…

「そんなに驚くことないだろう。私が医学部に行ったらおかしいのか?」
「い、いえ…そんなことないっす。立派だと思います」
「うちの組は暴力沙汰は少ない方だが、力を持て余してる若い衆が多いのも事実でな。散々人を傷付ける分、誰かを救うことをしていこうと思ったんだ」

なるほど、それにしてもよくあの父親が許したもんだ。元々1人娘であるお嬢には甘いと言われていたけれど、まさか大学に進学させ、その上それが医学部だなんて。まぁ地元に残るっつーので妥協したのかもしれねぇな。

「それより啓介、連れがいたんじゃないのか」
「あぁ、別にいーっすよ。俺がいてもいなくても変わんねーし」
「変な奴だな、お前の連れなんだろう?私はもう帰るし、戻っていいぞ…あ」
「どうかしたんすか?」
「いや…すまないな、お前はもう組の者ではないのに」

いつもの癖で、偉くもないのに偉そうに指図してしまった。とはにかんで笑うその顔が一瞬「少女」に戻ったのを俺は見逃さなかった。いや、見逃した方がよかったのかもしれない。だってその顔は、とてつもなくいじらしく、とてつもなく、可愛かったから。
それじゃあなと言って入口に向かうお嬢の後ろ姿を、俺はぼんやりと眺めていた。



End.