003/家系

「そういえばカナタは、元の世界ではどういう家系なんだ?」
「家系ですか…。自分の親と、あとは祖父母の代くらいまでしか分からないのです」

そもそも私の生きていた世界では家系図を見ることなど一般的にはほとんどない、と言う。ナルサスは久々に聞くカナタの元の世界の話にやはり新鮮さを覚えつつ、手を顎に当てて考えた。

「そうなると、あとは下にのばしていくしかあるまいな」

カナタは瞬時にナルサスの言葉の意味が分かったようだった。何も口にはしなかったが、彼女の頬は茹だったように赤く染まっていたからだ。

「ナルサスさま、婚前交渉など、ふ、不埒なお考えはおやめください」
「や、カナタ。おぬしは先程家系図に名前を連ねたではないか。もう立派に婚姻は済んでいるようなものだ。何も躊躇う必要はない」
「ですがっ…私にも心の準備というものがいります」
「俺はギランのあの夜から準備をし続けてきたのだ、これ以上待たせてくれるな」

言うが早いか、ナルサスはカナタの体を抱き上げてベッドに運んだ。鍛え上げられているとはいえ、やはり男のナルサスであれば簡単に組み敷けてしまうその身体を、舐め回すような視線で見る。見られているカナタは恥じらう表情を見せ、それがかえってナルサスの征服欲を満たしていくのだった。

「カナタ。念のため聞くが、ギランの妓館にいたときに、よもや寝台での修行はしておらぬだろうな」
「し、してません」
「では今宵は俺が今一度師匠になって、作法を教えてやらねばなるまい」
「ナルサスさま、お待ちください」
「お前は今この時、俺の弟子なのだから『先生』と呼ぶべきだろう」
「…先生、おやめください、せめて明かりを消してからに、」
「ならん。見えなくては大切なことが教えられんからな」

カナタに先生、と呼ばれると、弟子に手を出しているようでぞくぞくする―――というのは口に出せば彼女の不興を買うのは分かりきっていたので言わないが、ナルサスは目の前のカナタの素直さに、頭の中で鳴り響く己の欲望を沈めることができるか不安を覚えるほどだった。股間が熱く疼いて痛いほどだと不敵に微笑む。

「まずは口付けからだな。今日は初めだ。まずは身体の力を抜いて、俺の舌先に集中していればいい」

そう言うなり、ナルサスはカナタのその柔らかな唇に、小鳥がついばむような口付けを与え始めた。何度も場所を変えてされるそれは、恥ずかしい気持ちと安心する気持ちとを交互に与えるような純粋に彼女を愛おしむ行為だった。小さく音を立てて繰り返されるそれを甘んじて受け入れていたカナタは、何度めかの口付けに自らもそれを返すような行為を取る。
ナルサスはその積極性に驚きつつも、そう言えば何かを教えると言えば少女だった頃の彼女はすぐに模倣をしてみせるのだった、と弟子だったときの様子を思い出し、今度は試すように彼女の下唇を食んでみせた。

しばらくはお互いの唇の感触を味わうようなキスの嵐が続く。緊張しきっていたカナタの身体も、徐々にくったりと力を抜いて横たわるようになり、上から覆いかぶさっているナルサスの二の腕を控えめに掴んだりした。

「カナタ、上出来だ。お前は本当に何をさせても飲み込みが早い。そろそろ次の段階に移るとしよう」
「はい…どうすればよろしいでしょうか」
「舌を出して見なさい。無理をしない程度に、出せるところまで」

カナタは言われた通りにしてみせ、ナルサスの行動を待った。師と弟子という関係になってしまうと途端に従順になる彼女は、一途な瞳でナルサスを見つめる。それがただひたすらに彼の苛虐心を煽るとはとんと知らぬことだろう。
ナルサスは自分のものに比べると一回り小さな舌の、舌先の部分をちろちろと舐めてやる。脱力している舌の様子を見て、舌先に力を入れてみろ、と優しく呟くと、芯を持った彼女の舌に自分のものを絡め、様子を伺った。

「んっ…」

思わず漏れた、という声だった。声を漏らした彼女自身も、自分のどこからどういう理由でその声が出たのかがよく分からないような表情をしていた。舌をすぐに引っ込め、口元を抑える姿を見て、ナルサスは満足げに笑う。確かにそこに快感を感じているということが分かると、もはや行為を止めることなどできなかった。
手荒く彼女の手を口から引き剥がし、片方の手で頭の上に縫い付けた。驚く間も与えず今度は唇の隙間から舌で歯列をなぞり、カナタのそこが緩んだところへすかさず舌を割り込ませ、先程快感を見せた彼女の小さな舌を追い求める。時々上顎を擦ってやれば、その度にもくぐもった嬌声が漏れ、尚更唇を離してやれなくなっていく。

「は…先生、息が続きません…」
「悪かった。鼻で息をするというのを教えていなかったな、ほら、もう一度」
「息だけじゃなく、心臓も持ちそうにありません…少し待ってください」

そう言うとカナタは、ナルサスの口付けから逃れるように顔を背けた。そう言えば旅に出たばかりの頃、こうしてからかってやったことがあったな、とナルサスは当時を懐かしむ。その頃はまさか、カナタと睦言を交わし合う仲になるなど想像もしなかった。しかし今はそうではない。目の前の彼女が自分のものになったことへの抑えきれない気持ちを発散するかのように、ナルサスは彼女の耳に舌を這わせる。

「あっ、先生!んん…」
「唇が遠くへ行ってしまったのでな、ここに口付けるしかないのだ」
「そこで喋らないでください…んっ、」
「気持ちいいときは、そう言うのだぞ。考えたこと、感じたことを素直に言うようにしろと、そう教えただろう」
「気持ちいい、というか…へんな感じがしてっ、」

快楽というものがどんなものか、確かにカナタは分からない。これまでに感じたことのない身体の感覚に、ただ戸惑っていた。ナルサスもそんな彼女の様子を察してか、一度耳から口を離し、息を整えさせた。

「ほう。どんな風だ」
「胸の奥がぞくぞくして、鼻から抜けるように…その、声が出てしまいます。先生、これは何なのでしょう…」
「何と言われると…そうだな。俗に言う『感じている』というものだな」
「感じている…ですか」
「左様。こういった営みの中では、身体的接触をすることで性的な興奮を促すのだ。ただ指で撫でられる、ただ息を吹きかけられる、そういうだけで興奮に繋がりやすい場所というのがいくつかあってな」
「過去に文献で見かけたことがあります。確かに女性の場合は、口、耳、乳房と、女性器の周辺。あとは人によって指先や足先、背中、首、臀部などが対象になり、触れ方や回数によってはそれが開発されていくこともあるのだとか」

一気にムードのかけらもない話が出てきたな、とナルサスは苦笑いをした。先程まで快楽に打ち負けぬよう必死で立ち向かっていたとは思えないカナタの様子に、さてどうやって雰囲気を戻そうかと画策する。学問的に捉えればどんなことも恥と思わぬ彼女は頼もしくもあり、しかしいざ自分がそれに困らされると脱却するのが難しいことをナルサスは心得ていた。

「うちにはそんな文献は置いていないが…妓館にそういうものがあったのか?」
「ええ。いつか必要になるだろう、と言って、年長の妓女が貸してくれたのです」
「そうだな。では知識を無駄にせぬよう、活用するとしよう。口、耳と、次はどこだと言ったか」

すっかり壊れたムードを取り戻すよう、ナルサスは悪戯な瞳でカナタに問い掛けた。