001/未来

陽光が降り注ぐ。金色の王冠が動く度に光を受けては煌めき、その持ち主となるアルスラーンを歓迎しているかように思われた。これ以上ないというくらいの晴天に恵まれた中で、アルスラーンはその冠を受け、そうして城下に集った民に向けて、優美に手を振った。新たな王の名を呼ぶ声は、パルス全土に轟くように思われ、いつまでも止むことはない。

「アルスラーン陛下、誠に美しゅうございます」
「ああ、カナタ。ありがとう。この場におぬしらと共に立てたことを、心から誇りに、そして何よりも嬉しく思う」

力強く言ってみせる少年はもう弱い存在などではなかった。カナタは、自らアルスラーンに仕えることを選んでよかった、とこれまでの日々が報われていく気分だった。もちろん、王になどならなくてもアルスラーンが自分の主君であることに変わりはない。それでもこの式が彼ら臣下にとって重大な意味を持つことは明らかであった。

即位後一年を祝う式は盛大に行われ、夜にはいつまでも終わらないような賑やかで心地の良い宴が王城で催された。カナタも仲間と多いに語り、王となって一年を経たアルスラーンの姿を賞賛した。式典を取り仕切ったのはナルサスだと知っていたので、今度自分にも式典の作法を教えてほしいと請うのだった。

「もう十分に知っていると思うが、それ以上何を知りたいというのだ?」
「即位式はもう取り仕切ることがないかもしれませんが、陛下がこの先ご結婚なさったり、御子を持たれたときには、私がそれを、国をあげて祝って差し上げたいのです」
「陛下のことより先に、自分のことなのではないか、カナタ」
「私のこと?」
「場所を変えて飲み直そう」

ナルサスは溜め息混じりにそう言うと、ひっそりとカナタと二人、宴の席を離れて自分の屋敷へ向かった。普段は殆ど城で過ごす彼にとって、自分の屋敷が居心地がよく落ち着くかと言われると難しいところであったが、とにかく城の賑やかさから身を隠すには最適の場所であった。

屋敷に戻ると、ナルサスは部屋の奥から葡萄酒の瓶と瑠璃杯を二つ持ってくる。カナタが「何か食べるものを用意したい」と申し出たので、干し葡萄と山羊のチーズ、それに鴨肉のハムを皿に盛り付けるという彼女の腕に相応しい料理をナルサスは所望した。

「陛下、ご立派でしたね」
「そうだな。民たちは内心で、これからあの王に、もっとこの国を良くしてもらわねばならぬと思っていただろう。そのための土壌が整っているというのを、陛下自らが証明なされた。全く喜ばしいことだ」
「本当に。私もこれから出兵がより増えるでしょうから、陛下のためにも民のためにも力を尽くそうと改めて思わされました」

王都奪還後、アルスラーンはとにかく王都奪還までに関わって命を落とした者に対して、弔いの儀を急いだ。しかしルーシャンやナルサスは、それよりも即位式を執り行うことを王に勧め、アルスラーンにこれから成長していくべき国の新たな希望となるよう説得をした。結果的にはアルスラーンの願いも叶える形でナルサスとカナタが奔走し、どちらもつつがなく準備を進めたので、即位式の後にはアトロパテネの野に碑が用意されることになっていた。そうして即位式はアルスラーンの意思を尊重した結果一年前の今日ということになったのだ。

ナルサスはエクバターナに戻った後、副宰相兼宮廷画家という地位を得た。アルスラーンからそう言い渡された時に彼が「宮廷画家、時々は副宰相」と書き直したのは記憶に新しいが、カナタはなるほど彼らしいとその出来事を大層気に入っていた。
そしてカナタは、王都奪還までの道のりの中、アルスラーン王太子殿下の直属の百騎長として数々の武勲を打ち立て、ここに来てからはナルサスの後を継いで軍機卿に任命されていた。有事の際には彼女自身が兵を引き連れていくこともあるが、どちらかと言えば出兵命令を下したり、策を講じるのが彼女の役目だった。更に自ら名乗り出て、百騎長や千騎長といった者たちには用兵や軍略の教えを説いた。
若い彼女が軍を動かす実権を握ることに、大将軍となったキシュワードも、大将軍格と呼ばれるダリューンとクバードも、不満を上げるどころか言う前に推薦状をよこすような始末だった。
副宰相ナルサスはその才知の全てを国の再建や街の整備に注ぎ、それをエラムが手伝った。軍のことを全てカナタが引き受けてくれるので、ナルサスは惜しみなく政治や制度というものに力を注ぐことができたのだ。

「キシュワード殿とダリューンはともかく、よくあの『ほら吹きクバード』殿に推薦状を書かせたな」
「出会ったばかりの頃はやはり言う通りに動いてくれず、困りました。でも、そのうちにクバードさまの考え方についてはお話を伺って理解ってきたので、あえて背きそうな命令を出して、背いた結果が望ましいものになるようにしたのです」
「お前のことを試していたのだろうな」
「そうだと思います。ああ見えて頭の切れる御方ですから、すぐに気付いたようで、それからは指令書に背くことはなくなりました」

ナルサスには、一本取られたと嬉しそうにするクバードの顔がなんとなく思い浮かんだ。そして彼はカナタをえらく気に入り、軍機卿の嬢ちゃんとからかうように呼んでは豪快に笑い、己の兵たちの士気を高めているらしい。

「軍を動かすことに関しては、実際に動ける者が指揮を取るほうが良いだろうと踏んだが、正解だったようだな」
「ナルサスさまから引き継いだ役職ですが、今はもう私の好きにさせてもらって、本当にありがたく思います。キシュワードさまは大将軍となって一層指揮に磨きがかかりましたし、恐れ多くも私のことを頼もしいと言ってくださいます。時々ナルサスさまとどうなのか、と聞かれるのですが、あれは何なんでしょう」

どうなのか、と聞かれてカナタは何と答えるのかと問うと「うまくやっています」と返すという。ナルサスはペシャワールでキシュワードにからかわれた時のやり取りを思い出しながら、その返答はもしかすると誤解を生んでいるのではないかと思ったが、急いで取り下げないといけないことではないと結論付ける。

そんなナルサスの思考などいざ知らず、目の前で一生懸命に自分の未来を語ってみせる彼女のことを彼は嗚呼、と深い感情にとらわれながら見つめた。今宵の酒は極上だと呟いて、ナルサスもまた一つの決意をするのであった。