Lesson 5「少女趣味の男」

色とりどりの商品が並ぶ露店通り。少女が営む宝飾店は、それなりに繁盛するようになった。また一人、妓女らしき客が礼を言って品物を受け取り、嬉しそうに店を去っていく。
ありがとうございました、と言い終えて、店の主であるルチアは背後を振り返った。店の備品が入った木箱の上、彼女のパトロンになったという男が我が物顔で横になっている。

「ギーヴさま、いつギランからいなくなりますか?」
「さて。俺が決めることではないのでな」

ギーヴはルチアの問いかけを適当にあしらった。彼は本当は、自分たちがギランに留まる理由がないことを知っていた。出立の日までは知らなかったので嘘をついてはいない、と誰にする訳でもない言い訳を思い浮かべながら、回答に納得していなさそうなルチアに対してこう続けた。

「軍師殿が決めるのだ。聞いてみれば分かるかもしれぬ」
「グンシドノとは何ですか。ご主人ではない?」
「軍師殿は、人の嫌がる顔を見るのが好きな御方だ」
「では、ギーヴさまが一番ギランにいたいと思った矢先に出発することですか」
「………いや、言い過ぎた。流石にそこまで酷くはない」

あの御仁ならやりかねんと思いつつも、個人的に怒りを買った覚えはない。ギーヴはルチアの頭を軽く撫でながら問いかけた。

「そもそも何故そんなことを聞くんだ」
「それは、ギーヴさま昼間から寝に来ると、私お仕事になりませんから!」

ぷんすかと音を立てそうに怒りながら、ルチアは寝そべるギーヴをはたきで叩いた。それは、店の商品に埃が被っていてはよくないと、先日ギーヴ自ら買いに行ったものだった。

「こら、美男子にはたきを押し付けるやつがあるか。そんなこと言って俺が来なくなれば寂しくなるぞ」
「寂しいは本当かもしれませんけど、でも、お店で寝るのダメです」
「なかなか言うようになったではないか」
「ギーヴさまは不真面目!不真面目は商売人できません」
「だから俺は商売人ではないと」

コイツなりに成長しているのだなとギーヴは思った。商品が売れるようにあれやこれやと世話を焼いていたはずが、いつの間にか立場が逆転している。ペシペシと色気のない音を立てるルチアをなだめていたからか、店の前に見知った顔の男が佇んでいることに気づいたのはしばらく後だった。

「うちの楽士が邪魔をしておるようだな」
「ナルサス卿ではないか。こんなところで何をしているんだ」
「なに、露店の奥で昼寝をしている男を連れ戻しにな」
「世の中には不真面目極まりない男もおるのだなあ」

しみじみと感慨深そうに言うギーヴの背中に、ルチアは小さな平手打ちをする。

「不真面目はギーヴさま!」
「痛いと言っている、それにはたきはやめろとも」
「おぬし、守備範囲が広がったのか?」
「先に言っておくが、俺はこの娘のパトロンになっただけだ。そうであろう、ルチア」
「はい、ギーヴさまルチアのパトロンです」

爛々とした瞳でルチアは答える。ギーヴは己の立ち位置を説明するのにナルサスにルチアの素性を話した。

「この店の細工は全てこいつが作っていてな。こんなナリで商売してれば色々ある、ってな訳でダリューン卿お手製の魔除けなんかも飾ってるって訳」
「生真面目な字が見えると思えばそういうことか。シンドゥラから親子で逃亡か」
「こいつには技術がある。軍師殿の言葉を借りて言えば、生きるための術だな」
「そうか、ルチアと言ったな」

ナルサスはシンドゥラ語でルチアと言葉を交わす。何時になく嬉しそうに受け答えをするルチアと、ふむふむと感心したように頷くナルサス。

大方この技術をどう学んだかとか、そんなことを尋ねているのだろう。ギーヴは明るい少女の声を子守唄にもう一眠りするかと欠伸をかいた。

しかしまどろみながら、二人の会話の中にやたらと自分の名前が登場することに気づく。そしてナルサスが何やら人の悪い笑みを浮かべてこちらを見ていることにも。

会話の内容は分からなくとも、雰囲気で察することもある。

「おい、ルチアよ。何かよからぬ事を話している顔だなそれは」
「よからぬこと、話してないですよー」
「軍師殿の表情を見るに、俺にとってよからぬことなのは確かだ」
「ほう、何か心当たりがあるのか」
「俺にはナルサス卿ほどの悪知恵はないからな、とんと知らぬ」

オーバーなジェスチャーをしながらやれやれと腰を上げるとギーヴはひらひらを手を返し店から立ち去っていった。

「さて、用事は済んだしこれでお暇しようか」
「待って、グンシドノ!」
「ん?」

彷徨う楽士を連れ戻すという役目を終えたナルサスが踵を返そうとすると、ルチアが大声をあげてそれを引き留める。彼女は小さな髪留めをナルサスに差し出した。

「これ、オチカヅキのシルシにどうぞです。もし気に入ったら、次はたくさん買ってください」
「俺には少し可愛らしすぎると思うが」

ややちぐはぐなパルス語も相まって苦笑を漏らすナルサスであったが、ルチアは屈託なくこう返した。

「ナルサスはちょっと少女趣味だけどイイ人いるからってギーヴ様言ってましたので、その方にどうぞ!」
「………そうか。ではいただくとしよう」

すっかり商売人らしい振る舞いができたと大満足のルチアは、自分の発言によりギーヴがナルサスから無理難題を押し付けられるとはつゆ知らず、今日もまたギランの商人として忙しく過ごすのであった。

End.